夕凪亭別館

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1972年9月

Lost Days

1972年9月2日。土曜日。

 三時半。Oのところへ行ってきた。その横柄でまた実にのんびりとした何気ない態度は何によるのだろうか。僕は彼にいつも「正常な人間」を見るような気がする。そして,時に正常が正常になりすぎて彼は横柄になる。彼の精神には正常ではない部分はないのだ。だから僕が彼のない部分に入ると,彼は声を荒立て,その世界の不理解の故に不機嫌に陥ってしまう。精神構造が違うのだ。僕の住む世界には,あまりに正常でない世界が多くて,人の介入を許さないのであろう。しかし,その正常でない世界は正常でないだけに,無際限に奥深く,その迷路を垣間覗いたものには離さぬ力があるかもしれない。

 小松左京がおもしろいことを言う。動物は人間とは反対にどんどん殺しあう。

 ケッヘル 生きていることよりも種族保存の方が対セルである。

 エルトンのピラミッド

 上から野鳥,カマキリ イナゴ イネ

 

1972年9月8日。金曜日。雨。

 力学Aの試験があった。自分では相当勉強したつもりだったが,思わしくなかった。

 単位のことを考えるといやになってしまう。そんな時,僕は故郷のことを考える。のんびりとした雰囲気のことがたまらなくうらやましい。そこには,世俗的な騒々しさはない。すべてが自由な世界だ。

 ミュンヘンオリンピックで,女子バレーの決勝戦が今日の早朝あった。日本チームは負けた。そのビデオを夕食を食べたときに見た。第五セットで最後の得点を得たとき,ソ連チームの女性たちは飛び上がって抱き合いその喜びを表した。その光景を見る僕の気持ちは別段変わったものではなかった。それが日本チームであっても僕の気持ちは変わらない。

 今日は雨が降っている。朝から雨だ。昨日,夕食をKと食べた。夕暮れ時の美しさに僕の心は高鳴った。未来と過去を拒絶しようとしながらも,いつもそれにとらわれる偉大なる未来主義者。非凡なる空想家。怠惰な現実否定者。そんな僕だから夕暮れは美しいのか。二十幾星霜を経て,現実と理想の食い違いを痛いほど経験している僕。僕の夢見るロマンの世界は決してこの世では邂逅しえないと自慢している僕。それなのに,何故か未来を信じ,ロマンを信じているのであろうか。

 残暑が厳しく秋らしさの感じられないこの頃だが,この雨できっと涼しさがやってくるのだろう。そうすれば僕の心はやはり例年どおりもの悲しくなってくるだろう。秋だからもの悲しいのではない。いつも心の中にもの悲しさの潜んでいる僕だから,秋はよけいにもの悲しくなるのだ。

 

 二十一歳になってからだいぶ経つ。小説でも科学でもいい本を書こうと思っていたのに,なかなか書けない。努力が足りないのか,あるいは才能がないのか。それとも現在の社会がよくないのか。

 他者のせいにして安住することは敗者への接近である。以前に読み心躍らせたニーチェ精神を思い起こせ! 決して敗者になるな! 強者への道を選べ! 自己の意志で前進せよ! と,僕は自分に言いたい。孤独でもいいではないか。

 

1972年9月13日。水曜日。

 大変疲れている。もっと勉強をやらねばならないのだが,眼も疲れているので寝る。

 連日,緊張と過労の連続で精神よりもむしろ身体のほうがまいってしまいそうな気持ちになる。日ごろからもっと勉強しなければならないと痛感するこの頃である。

 他人にとらわれずに,自己の思うままにやるというのが僕の一つの長所でもあるのだが,どこで座標基準を間違えてしまったのか,とんでもない迷路に入り込んでしまったものだ。

 

1972年9月14日。木曜日。

 大変疲れた。最近試験の連続。

 Lost Days