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夕凪亭別館

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尾道市因島・ ふるさとの史跡をたずねて 瀬戸内タイムズ連載

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せとうちタイムズの「ふるさとの史跡を訪ねて」の一覧➡︎ふるさとの史跡をたずねて | せとうちタイムズ

1〜5のリンクと関連写真 6〜10のリンクと関連写真 11〜15のリンクと関連写真 16〜20のリンクと関連写真

 せとうちタイムズの連載「ふるさとの史跡をたずねて」web版へのリンクと関連写真などです。web版は紙版より少し遅れます。 

 

 

1 釣島箱崎浦の合戦跡(因島土生町箱崎) 2016.8.6.

 2   島前城跡(因島土生町箱崎) 2016.8.13.

 3 茶臼山城跡(因島中庄町茶臼) 2016.8.20.

4 徳居屋敷(因島中庄町徳井) 2016.8.27.

5 掛迫農道(因島中庄町通り谷) 2016.9.3.

6 妙泰神社(因島土生町明体) 2016.9.10.

7 三庄の妙泰神社(因島三庄町三区) 2016.9.17.

8 青影落葉の神(因島土生町郷区) 2016.9.24.

9 三子松(因島土生町三子松) 2016.10.1.

10 狸藪(因島三庄町一区) 2016.10.8.

11 馬の墓(因島田熊町中区) 2016.10.15.

12 岡野明神(因島田熊町中区) 2016.10.22.

13 藤原神社(因島田熊町中区) 2016.11.5.

14 妙泰夫人の墓(因島田熊町浄土寺) 2016.11.12.

15 耳明神社(因島土生町大山神社) 2016.11.19.  

16 藤原泰高の墓碑(因島土生町対潮院) 2016.11.26.

17 鍛冶神社跡(因島土生町串畑) 2016.12.3. 

18 長崎城跡(因島土生町荒神平) 2016.12.10.

19 荒神山城跡(因島土生町荒神平) 2016.12.17. 

20 弓場馬場跡(因島土生町平木) 2016.12.24.

21 長源寺跡(因島土生町箱崎) 2017.1.1.

22 余崎城跡(尾道市向島町立花) 2017.1.7.

23   白石島(尾道市向島町) 2017.1.14. 

1〜5のリンクと関連写真はこの下です。

  6〜10のリンクと関連写真

  11〜15のリンクと関連写真 

      16〜20のリンクと関連写真

1 釣島箱崎浦の合戦跡因島土生町箱崎) 2016.8.6.

**地図**

 

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あれや、これやと、好きなところへ飛んで、全体としては、幾つもの流れが立体的に描かれていた、という具合にしたかったが、それでは読者の方が混乱されるので、単線型でいくことにした。

 

因島村上氏のことを語るには、天授3年(1377)の釣島箱崎浦の戦いから始めるのがよいだろう。因島村上氏が来島したのが、この戦いの結果だというのは伝説かもしれない。しかし、話としてはわかりやすい。考証は歴史家に任せて、ここから始めることにしたい。

 

当面、村上水軍の話をする。村上海賊と、最近では呼ばれているが、今更村上海賊でもなかろう。水軍でも海賊でも言葉の制約があり、十分ではないのだから、これまでどおり村上水軍でいく。しかし、水軍という独立した地位があったわけではないので、この言葉もできるだけ使わないつもりである。因島村上氏という言い方がよいと思っている。そして、時に水軍や海賊の顔があったのだろう。

今岡通任(みちとう)に勝った村上師清(もろきよ)が3人の子供たちを、能島、来島、因島に配した。それが、三島村上氏の時代の始まりだという。後期村上水軍の時代だともいう。

前期村上水軍の時代は村上義弘の死とともに終わる。

村上義弘が因島青陰城主だったというのは伝説である。後期の始まりが伝説であるから、前期のおしまいが伝説であっても構わないが、村上義弘が因島にいたとすると、話がややこしくなるので、とりあえず引っ込んでいてもらうことにする。

それで第一回目は箱崎の江の内公園にある古戦場跡の史跡碑(木製)を訪ねる。箱崎漁港の向かいに当時釣島、今は鶴島と呼ばれている小島が見える。海と島のコントラストが美しい。悲惨な戦いのことに思いをいたすよりも、同じところがこんなに美しく今も存在するということが不思議だ。 

写真とリンク

釣島箱崎浦合戦跡

因島城跡物語 釣島箱崎浦合戦

 

敗者の多くは、この時点で歴史の舞台から去っていく。だから、まず敗者の側から書いていこう。

 2   島前城跡因島土生町箱崎) 2016.8.13. 

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*****地図*****

 

 

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2回目は島前城跡です。すなわち、現在因島図書館のあるところです。

因島図書館へ行って、村上水軍の本を借りる人は多い。しかし、その場所が、村上水軍関連の城跡だということに、思いをはせる人は意外に少ない。

ここは因島村上氏の時代はもちろん、それ以前にも重要な城跡である。それで、まずは釣島箱崎浦の戦いの時の話をしよう。

釣島箱崎浦の戦いで勝った村上師清が子息吉豊を長崎城主にするのが因島村上氏の始まりです。(という伝承に基づいて話を進めます。) 

村上師清と戦った相手は今岡通任(みちとう)です。 

 今岡通任が城主だったのが島前城ということで、今回は島前城跡を取り上げました。

1回目の古戦場跡の史跡標(木製)のある公園(江の内公園)から少し北です。

リンク

島前城跡

島前城跡物語 

 

3 茶臼山城跡(因島中庄町茶臼) 2016.8.20.

 

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*****地図*****

 

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ここで舞台を中庄へ移します。古くから開けた中庄には多数の史跡があります。その中ではやや、マイナーな感じのする茶臼山城跡です。

釣島箱崎浦の戦いで、今岡通任と共に村上師清と戦って、負けた大鳥氏のいたのが茶臼山城跡です。だから、中庄というわけです。釣島箱崎浦の戦いの話が終わったわけではありません。ここで、茶臼山を出しておかないと後の話がわからなくなります。そして、中庄の茶臼山へ来ると、1回では終わりません。そういうわけで、ナティーク城山の因島村上氏の時代は、まだまだ始まりません。今しばらくお待ちください。せっかちな人は因島病院へ行って、「因島城跡物語」のパネル24枚を見てきて下さい。

 

リンク

 ウェヴ版では、いっぱい写真を使ってもらって、持ち駒を放出しきった感じです。だから、以下のリンクは変わりばえしませんので、あしからず。  

 茶臼山城跡 茶臼神社 茶臼山城跡探訪 

 

4 徳居屋敷(因島中庄町徳井) 2016.8.27.

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***地図

 

*** 

 ここで徳居屋敷を出してよいのか、私自身もためらいがある。釣島箱崎浦の戦いの話が終わったわけではない。今岡通任とともに戦った大鳥氏らの茶臼山城跡を紹介した。その茶臼山の東麓に徳居屋敷はある。「江戸時代の武家屋敷の面影を留める」ということだから、時代を江戸時代の初期と考えてもそれよりも200年以上前の大鳥氏とは関係は見つけにくい。

今岡氏は河野水軍である。大鳥氏が河野水軍であって、その関係者が茶臼山周辺に住んでいた・・・としよう。その中に徳居(井)という人がいた。その人の子孫が代々徳居屋敷に住んでいればよいのだが、可能性としては少ないだろう。血は繋がらないけれど、田頭さんと同じような気持ちで徳居と名乗ったのかもしれない・・・。そう考えて、茶臼山城跡の一景に徳居屋敷を加えた。

なお、田頭家は弓削の鯨(現在久司浦)の宇多城を作った人たちの子孫である。

リンク

徳居屋敷 宇多城跡

 

5 掛迫農道(因島中庄町通り谷) 2016.9.3.

 

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***地図***

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まず、誤植のお詫びから。

紙版、下段本文12行目

土生開ができる前はありえない。

は、

土生開ができる前はありえない。

です。すなわち「新」の字が落ちています。

土生新開というのは鹿穴(ししあな)から東へ伸びる干拓地です。

ですから、昔は片刈山の周辺は海だったのです。

今、ゲートボール場になっているところにあった片刈池は干拓地に作った溜め池だったのです。昔、私の祖母は「ひょうたん池」と呼んでいましたが・・・。

 

西浦峠(青影隧道の上)から、田熊へ続く道があるのを知らない人には、この話は難しいかもしれません。対向車と出会うと大変だけど、けっこう楽しい道です。

だから、西浦峠まで行けば、良いわけです。

あるいは、山口から大山峠を越えるルートもあったでしょう。でも、現在中庄公民館があるところよりももっと奥まで海だったわけですから、やはり西浦峠へ近づかないといけません。

 

ちょっと中庄で道草をしすぎましたね。まだ、釣島箱崎浦の戦いの話は終わってないのですから、次回は土生に舞台を戻します。

 

リンク

中庄越(運動公園から西浦峠) 中庄越(西浦峠)

 

 

 

 

 

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