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夕凪亭別館

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1972年2月

Lost Days

1972年2月7日。月曜日。

   土曜日のあまりに過多な酒量の悪影響が今日もかすかに残り,腹の中が安まらず,食後に口の中に苦いものが感じられる。

 当分,日記をつけてなかったようである。日記というものは,その日の終わった時点で書くのだという観念があるものだから,昼間にペンをとることがあまりなく,夜に書こうとするから,僕などのように,習慣になっていないものは,すぐに忘れてしまう。昼間でもよいのだ。日記は夜書くものであるとは誰も決めていないことである。

 万葉集の授業は今日で一応終わった。岩佐先生は今年をもって退官される。まことに人間味あふれる楽しい授業だった。僕の一週間の授業の中では一番楽しい時間割だったかも知れない。万葉四百年の歴史を一年間でさっと辿った。終わりに当たって,時間の不可思議性,人生の悠久さといったものをしみじみと感じた。

 

 11PMで,映画に関してやっていた。若い人の作る映画の部分を放映していた。何かどきっとさせられるものがあるが,それらは,その新奇故に我々を驚かすのだと思うと,僕は好感をもたない。見ることは損ではないと思う。しかし,その感動は,果たして人間本来の感動であろうか。いや,言葉が悪かった。人間の感動に他ならない。考えるに,人間の感動には二つのタイプがあるように思う。一つは,今までの-不十分だが健康的な感動,そして,もう一つは,最近の前衛芸術によって引き起こされる類の感動-病的な感動-人間の心の奥底の不安を触発するようなものである。

 

1972年2月9日。水曜日。晴れ。

 10時頃起きて朝食を食べる。誰も食べていない。驚く。

 新聞を見る。ロクなことが書いていない。

 有機化学はもうない。

 無機化学の最後の講義がある。

 もの静かで不気味な感じだ。

 時代は確かに悪い方に向かって急降下をしているのに,誰もどうすることもできない。人は歴史に対して何らかの力を持ち得ないのであろうか。

 何と不安定な時代であろうか。何と倦怠的な時間であろうか。いかなる持ち物も人間には役立たない。残るのは頭の中に貯えられた知識のみであろう。物質的な豊かさよりも,精神的な豊かさ,外面的なものよりも内面的なものの要求される時代が来ようとしているのだ。

 こんなにも,不自由な無意味な時代が,不気味に揺れているのに,我々人間は何もなしえないのか。ただ,気の向くままに,日々を送ることだけしかできないのか。

 

「新潮」を今年から読んでいる。いつ読んでも立派だと思うようなものが無いのは悲しい。もはや,文学など存在せぬ社会になってしまったのか?

 書店に行く。単行本も,文庫も,雑誌も,専門書も無数にある。あまりに膨大な量の書物。この感は年ごとに強く,去年よりも今年が,一昨年よりも去年がと記憶を辿ってみれば,ずっと前から,この傾向はあった。しかし,衰えたことはない。どんどん増えてゆく。このような時代であるからこそ,更に強く古典というもののあるがたみうぃ感じることができるし,又古典を読まなければいけないのだ。

 

1972年2月10日。木曜日。晴れ。

 晴れていても少しばかり寒い。午後の独語と体育に出る。体育は広島アリーナでスケートだった。今日で3回目である。多少前よりも上達したように思うが,まだまだ下手である。一回スッテンコンと転んで手袋とお尻がビチャン。少女がかっこよく滑るものだから,つい気をとられて,よそ見をしていたら,バッタンというわけ。

 帰りのバスの中に暖かい陽光がグリーンハウスのようにぽかぽかと入ってきていた。百メーター道路から福屋のあたりまで,その光に当たっている町の家々が美しい。何故か幸福に満ちたような錯覚を覚え歩いてみたくなる。広島の町は漠々としたものだから,冬の光にあたると,いつになく美しく見えるものである。冬の木枯らしが膚に冷たく,夕暮れの太陽は悲しいまでに美しい。以前は下宿の前から,大学のほうに走る道路の真上にあった夕陽は,徐々に右に寄ってゆく。生きていてもしょうがないと思うが,一人静かに,夕暮れの中に佇んでいると,やはり生きていることはいいな,と思う。

 

1972年2月11日。金曜日。曇り。

 建国記念日で休日である。しかし,僕には休日(=祭日)も日曜も平日もまったく関係がない。すべて同じなのだ。何ら変わることはない。世間の人事は種々様々にそれらの日々に対応するのであるが,僕にはいつも変わらぬ僕の生活があるだけである。

 

1972年2月14日。曜日。

(欄外:夕500700語学,昼1200100原書読む(化学))

 生活の乱れがどうしょうもなく,ただひたすらに化学に精を出す。何という生きづらい時代であろう。世の中がこうも生きづらくなるとは,中学校時代の僕に予想できただろうか。いたるところで過剰な繁栄と,不毛の空洞化が表出しているではないか。未来というものを所有しない世代は希望や理想をもつことを忘れ,限界にまで達したというべき退屈な日常的なものに甘んじている。だれしも,これではいけないと思うことは同じであろう。どうしょうないのだ。時代の宿命なのだ。兎に角,自分を信じるより仕方がない。

 

1972年2月15日。火曜日。

 何一つとして不満なものがあるわけではないのに重く沈鬱な空気が漲る。青春・・・。

 

1972年2月20日。日曜日。

 暖冬異変だといっても外はやはり寒く,冬に違いなかった。夕風は冷たく,西の空は静かに暮れてゆく。

 大学はスト以来閉鎖のままであり,大学から縁を断って生活することに少し倦んできたような気がする。あたかも,長い夏休みに飽きた友達とはしゃぎたくてたまらない小学生のガキ大将のように。夕食後のひととき,何もすることがないような錯覚にとらわれて,音楽を一人聴いている。吟道部なる社会を去り,46化学というクラスからも拒否した僕であったのに,何故か一人でいることが寂しく,いたたまれないような気持ちになる。やはり孤独な人間なのだと思う。僕にとって現在とは何か。また,未来とは何であるのか?果てしなく無限に続く暗い道。まったく苦痛でどうしょうもないような未来。

 生きていることが耐えきれないのに,自殺が怖いというだけで生きていることを選んだ過去の日。そして生きるのなら,同じ生きるのなら・・と決心した過去の日。人生とは?人生の意義とは?・・と問わなくなったように変わり,生きていることの意味すら,問うのを忘れたのであろうか。正常の人は,そらがあたりまえだといい,文学的に病的な精神は,それを怠惰と罵っている。

 

1972年2月22日。火曜日。

 起きる。大学へ行く。抵抗を感じて帰る。夜,寺村来る。

 最近,異常に神経が鋭敏になり,あるいは周囲に感じて必要以上に反応し,周囲の人に嫌悪感を抱かせているような状態が続く。あまりにも退屈なものだから,感受性の悪魔がまた身をもたげてきたのか。ああ・・・無頓着でありたい。何事に対しても。

 FMの文化講演でおもしろい話を聞く。三十八歳の女性の評論家で○○秀子さんと言った。たいへん美しい声で感じのよい話し方であった。話し方そのものは決して秀でているとは言い難いが,優しさと,人類に対する愛惜のようなものが溢れているような話し方だった。

 二十五日から岩波新書が百八十円になるので,読みたいと思うものを早急に買っておこうと思う。古本屋にあるものはそれで間に合わし,ないのを新本で補うようにしたい。大変腹立たしい気持ちを覚えるが,今の時代にしてあれだけの内容があって百八十円であっても,やはり安い部類に属するだろうと思う。そんなに反感をもつ必用もないとはいえなくもないのであろう。

 今,西尾幹二の「ヨーロッパの個人主義」を読んでいる。今日明日中に読み終えたいと思っている。彼のものはどこを読んでも面白く自分に大変よく分かる。僕にとって最適の先人をみつけたような気がする。「悲劇人の姿勢」も早く読み終えて「ヨーロッパ像の転換」も読みたいと思っている。

 

1972年2月23日。水曜日。曇。晴れ&小雨。

 朝食後TVを見る。一時頃Iより電話あり。化学クラ討。好奇心から出席。違和感,あるいは彼らの方向と自分の住む世界の隔たりを感じて途中で帰る。寺村と出会う。昼食を食べて,帰りに夜食用の食パンを買う。今後の生活目標として,昼食を必ずとる,というのがある。二三日前に決めて実行することにした。日常的な事柄が日常的でなくなり,それをまた日常的なものへ戻そうとすると,何と奇奇なことであろうか。

 現在日本社会は文化の仮品を作ることによって,自己の存在に満足している自称芸術家の多いことよ。文化の本質も知らないで文化主義を装ったとしても何もない。ただ仮構と虚無が残されているだけであろう。

 文化を守るのは政治であって,政治は文化を創るものではない。それゆえ政治の価値としていかなる程度に文化を守ったかということにかかっている。

 

「相対論の意味」と「アインシュタイン選集1」を読む。両方とも大変難しい。それにも拘わらず,僕を惹きつけて離さぬ魅力がある。数学力に左右されるけれども,できるだけ読み進んでいきたいと思っている。相対性理論に始めて興味をもったのは,中学二三年の時だった。それ以来,飽くことのない興味と神秘的な論理体系に憧れていた。大学に入って急激にそれらのものを知るうちに,ますます惹かれるものがある。まことにアインシュタインの理論は素晴らしいと思う。彼のヒューマニズムや,それを真似たような湯川博士川端康成の行動は好きではない。生ぬるい人類愛・平和主義は信用しない。もっと,自己に徹すべきであろう。

 政治的良心と学問的誠実を混同するのが弱者の常である。学問は学問,政治は政治,文学は文学,文化は文化,生存は生存・・・と,事物の本質を明確にしておき,分離した上で,それらのものははじめて個人の中で一体となり,思想となる。真に人間性というものを考えようとしないので,ただ単なる恒久平和論を唱えることはやさしい。しかし,歴史はそんなにやさしく動いているのでもなければ,また人類は永久に全体が幸福になるということはあり得ないのだから,生ぬるい,他分野での成功にあやかった平和運動は偽善そのものであろう。

 アインシュタインにしても,また湯川博士川端康成,さらにL.ポーリング等のその専門分野における業績は認める。素晴らしいものだと思う。しかし,その行動は好かない。

 生活の指針

 自己を限りなく高める。

 全ての事柄を自分との関連において考える。

 自分を無視した自分の生活はないものと思え。

 

 シャープファイブのレコードを聴いている。白鳥の湖ペルシャの市場にて,剣の舞,真珠採り,ピアノ協奏曲第一番,カルメン,以上6曲がエレキ用にアレンジされ彼らのグループで演奏されている。レコードは岡村のものである。

 

1972年2月24日。木曜日。曇り時々晴れ。

 9時過ぎに起きる。朝食,新聞。

 

1972年2月25日。金曜日。

 9時に目が覚める。9時半頃鶴崎さんが鉛筆を削りに入ってきたので,うたた寝から醒めて,起きる。二三日寒い日が続く。今,FMミュージックホールをやっている。ロシアの民謡をトランペットとの演奏をやっている。ロシア民謡は好きだ。暗いのも明るいのもあるがともに胸の奥まで響いてくる。

 僕は幼少のこ路から大変な夢想家で,いつもロマンティケルなことばかり夢見ていた。年を取るにつれて,現実世界が思っているほどのものでないと気がついた。

 

1972年2月27日。日曜日。雲・雪・小雨。

 つい最近,曜日を間違えていた。どこでどう狂ったかは知らぬ。でも今日は確かに日曜日である。確かなものの少なくなった今日で,その日の日にちと曜日だけはふつう確信がもてることは確かである。

 いつも変わらぬように本ばかり読んでいる。最近では読む行為自体少し窮屈に感じている。かといってほかに何もやろうとはしない。西尾氏のいうように,最も大学生らしくない現在の大学生なのである。学問に情熱を感じなければ,生きていることにも情熱を感じない。ただ,無目的に読書をするときと,音楽を聴いているときだけ,何か知らぬ安らぎとも充実とも言い難い満足を覚えるだけである。

 学問について。学問は学問のためしかないという西尾氏の意見はある程度当たっていると思う。

Lost Days 

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