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夕凪亭別館

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波濤萬里 沼隈移住団

波濤萬里目次 夕凪亭本館  本館2

 

波濤萬里 -沼隈町海外移住史-                

 

沼隈移住団

 

2005年9月24日の中国新聞には、「沼隈移住団パラグアイ・ラパス入植50年」として大きくとりあげられいるが,沼隈移住団としては49年である。別に記事が間違っているわけではない。見出しが少しおかしいだけである。本文にはそのことは正しく書かれている。

 

すなわち49年前に沼隈移住団が入植したラパスは,その1年前から開拓されていたところで,入植50年の式典があったということである。そのラパスは,沼隈移住団と高知県大正町の町ぐるみの集団移住団が中心となって開拓したところだから,ラパス入植50年というのは,沼隈移住団にとっても意義深いことである。

 

しかし,しかしながら不思議なことに,沼隈町とラパス市が,あるいは沼隈町が合併編入された福山市とラパス市が姉妹都市になったとか,訪問団があったとかいう話は,寡聞にして聞かない。いろんなことを調べてみると,不思議でも何でもないが,でも表面上は不思議だ。

 

これまで,沼隈町パラグアイ移住史は,「広島県移住史」に,沼隈町の広報と町役場に保存された文書に基づいてまとめられたものがあり,これが最も詳しく記録したもので,沼隈町による,公式な記録集や記念誌はなかった。それは,福山市との合併を前にして編集発行された「沼隈町誌 民俗編」においても同様で,パラグアイ移住史のことは記されていなかった。

 

しかるに,その「沼隈町誌 民俗編」の追補版ともいうべき「沼隈町誌 写真・資料編」(沼隈町教育委員会編集発行,平成16年12月)に,少しではあるが,記載されている。したがって,これが沼隈町によって初めて総括された公式見解だと私自身は理解している。

 

教育委員会の編集になるものだから,沼隈町の公式見解というほどの大げさなものではない,と編者の方が思われるのであれば,「地元から発表された見解」と解釈してもよいかとも思う。

 

それには,「第十二陣(同33年12月28日出発)までに130家族・415人」が移住したとある。

 

ここで,移住団出航日と渡航船名をまとめておく。数値が異なるのは仕方がない。特に家族数については、同伴家族といって、移住条件を満たさない場合、他の家族の中に入れてもらって移住したので、記録によってまちまちである。

 

 

 

 

渡航日(神戸出航)

渡航船名

渡航者数

第一陣

1956年10月15日

チャチャレンガ号

6家族36名

第二陣

1956年11月2日

あめりか丸

39家族110名

第三陣

1956年12月5日

ぶらじる丸

7家族23名

第四陣

1957年1月15日

テゲルベルグ号

26家族51名

第五陣

1957年4月2日

あめりか丸

15家族64名

第六陣

1957年7月15日

ルイス号

8家族26名

第七陣

1957年10月2日

あふりか丸

6家族17名

第八陣

1957年12月30日

ぶらじる丸

5家族11名

第九陣

1958年4月17日 ルイス号 9家族40名

第十陣

1958年5月17日 テゲルベルグ号 2家族19名

第十一陣

1958年7月4日 あふりか丸 2家族8名

第十二陣

1958年12月28日  不明 1家族3名