夕凪亭別館

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1992年5月

1992年5月1日金曜日。晴れ。
 朝、ご飯が炊けてなかったので、8時のバスで行く。1限5年電気陰性度。2限理科会。3限6年アンモニアの電離平衡と平衡定数の計算。5限は整理、6限は6年。放課後は今年のプリントの整理。6時半頃、G先生が車で送ってくれる。夜は新大系本の西鶴で「好色二代男」「西鶴諸国ばなし」を読む。その後、高村光太郎詩集、井上靖詩集、ヘミングウェイの英文短篇を少し。
 
1992年5月2日土曜日。晴れ一時雨。
 さて、今日は朝から因島へ行ってきた。家にはだれもいないので、散髪屋へ行った。散髪は3000円。その後、本を選びもってくる。学校へ行くと、慶応へ行っているH君が来ていた。13時から新旧六年の担任会があった。帰ってから眼鏡と数珠を買いに行った。少し昼寝。夕食後、読書。斉藤清衛「国文学概論」(平凡社)、「フランス文学案内」(岩波文庫),Raymond Chandler、“Playback"、三島由紀夫全集33巻などを読む。
 
1992年5月3日日曜日。晴れ。
 親戚の葬式で朝11時頃家を出る。すぐに葬式。火葬場が済み家で少し遊んでから5時半から日あげ。9時過ぎに弟の車で福山に戻る。それにしても葬式のあのお経は時間の無駄以外のなにものでもない。
 
1992年5月4日月曜日。晴れ。
 よいお天気。朝、「小林秀雄全集四」、芥川の「老人」を読む。芥川は実にその世界に通暁しているのに驚く。車を洗う。午後、子どもらを連れて笠岡の「カブトガニ博物館」へ行く。五時頃帰る。Hamletを少し読む。
いろいろ読む。その間、T君、レタスをもってきてくれた由。
 夕食は鶏肉の煮付けとレタス。
 
1992年5月5日火曜日。晴れ。
 本日は外部模試のため7時半のバスで学校へ行く。まず「フーシェ革命暦」バスチーユの監獄の話など出てきてぞっとする。
 それから「日本文学24講」中の清水文雄先生の「日記」を読む。やはり清水先生のものは論が明確でわかりやすい上に、私などが今まで知らなかったことをのべておられるのでよい。この小論は卓見である。
 その後、ずっとRaymond Chandler、“Playback"を読む。今56ページ。こういうのは思い切って短期間のうちに最後まで読むのがいいと思う。
 今、夜の八時半。少し暑いので、東側の二階の窓を開けている。白いレースのカーテンが膨らんでゆれている。気持ちのよい風だ。しかし、まもなく涼しくなりすぎるので、もう少ししたら、窓を閉める。
 これから、仁丹の授業実践の論文をまとめる。あまりしたくない仕事であるが、熱心な勧誘であるので断りきれずにする仕事である。
 夕食はギョーザ。
 
1992年5月6日水曜日。晴れ。
 朝、車で行く。8時前より「フーシェ革命暦」。こういう長編小説はあまり評価されてないのか、残念ながら文壇のニュースにもならぬらしい。しかしながらこれだけの作品を書いて、これといって破綻もなく淡々と筋を運ぶ作者の力量には、すごいものがある。ただ単に、歴史的な事件を記したというのではなく、いろいろな出来事を小説的なつながりで結び合わせて大波小浪をほどよく作って豊かな作品となしている。ただ、「背教者ユリアヌス」ほどの興奮と感動を呼ばないのは恋愛的な事件が乏しいことと、出来事の記述がやや微に入り単調になるせいであろうか。しいて主題を探そうとすればフーシェ流すなわち作者の人間の研究であるとともに、国家、歴史の研究であろうか。
 その後、ずっとRaymond Chandler、“Playback"を読む。これは夜家に帰ってからも読んで、今78ページ。翻訳小説以上に時間がかかっている。
 234限が授業。六年は飽和食塩水の平衡とニクロム酸の解離の実験である。三年は電流の正体ということで、今日は陰極線と電子の導入である。
 午後はN君から電話があり、林通郎先生に電話したり、教育実習の科目オリエンテーションでけっこう忙しかった。6年のプリント原稿、二枚作る。
 4時半から、教育課程の検討を理科の4人でする。
 昨日から風気味。M君よりお礼の品届く。
 夕食は魚と豆腐とレタス。
 夜、久々に小説少し。夜中雨少し。
 
1992年5月7日木曜日。晴れ。
 朝少し雨。バスで行く。8時より補習。1限は五年電気陰性度。2限は「日本文学24講」「シェイクスピア研究」「岩波講座日本史」。「新文芸読本三島由紀夫」松本健の論考には感動。最後は自分の人生の作品化という説はよくわかる。あとはずっとRaymond Chandler、“Playback"。行き帰りのバス中でも。今114ページ。三限は学年会議。五限は面接。放課後、教官会議。
 一昨日より風気味。今日は咳もでるので、風呂にも入らず寝ようと思う。
 夕食は魚と野菜の天婦羅。
 
1992年5月8日金曜日。雨。
 朝から雨。車で行く。「フーシェ革命暦」。1限が五年。金属結合と金属び性質。ウッド合金の実験。二限は理科会。3、6限は六年。化学平衡の問題。4限は三年。電子の導入。放課後、学年役員会。「新文芸読本三島由紀夫」の清水文雄先生の文章を読む。Y先生の書かれた文を校正する。
 コアへ行ってペーパーバック2冊買ってくる。 
 帰ってからRaymond Chandler、“Playback"をずっと読み続け、11時に終える。描写がモダンなのがいい。少し場面展開が早すぎるところもある。
 Sidney Sheldonの“The Other Side of Midnight”(Warner Books)を読みはじ める。11ページまで。 
 夕食はエンドウの卵とじ。それにラーメンが少し。
 
1992年5月9日土曜日。雨のち晴れ。
 朝、少し雨。車で行く。フランス語講座を車で聞く。ランボーの詩。
フーシェ革命暦」。プロンが暗殺されそうになる。このへんはおもしろい。
「新潮古代美術館2 ペルシア」を終える。「3 古代エジプト」へ入る。
シェイクスピア研究」「日本文学24講」等を読む。その後、Sidney Sheldonの“The Other Side of Midnight”を読む。学校でプロローグ。家出第一部へ入 る。プロローグは見事。登場人物がおもしろい。Catherine Chicago:1919-1939は歴史的なことが文章からは浮かんでこない。はじめに簡単な時代的背景を書いて、あとの描写で時代色を書かないというのはきわめて安易である。これでは今の物語と変わらない。77ページである。
 昼はコロッケと野菜。夕食は焼肉。
 
1992年5月10日日曜日。晴れ。
 よく晴れた気持ちのいい日曜日。朝起きて漱石全集を少し、それに“The Other Side of Midnight”を読む。昼前からNKK祭りへ無料送迎バスで行く。まず 工場見学で、熱延工場を見て、昼食にする。帰ってから昼寝。“The Other Side of Midnight”は95ページ。
 「史記列伝」(筑摩書房)の屈原と呂不イを読む。呂不イ列伝は大変面白かった。史記は面白いと思っていたが、この話で本当のおもしろさを知ったような気がした。
 
1992年5月11日月曜日。晴れ。
 朝冷えた。車で行く。「フーシェ革命暦」はプロンに第2の危機。
13限は六年酸と塩基へ入る。二限は教育実習。卒業生のSさん。金属格子。昼休みは「シェイクスピア研究」「日本文学24講」。「ナイルの王とエジプト美術」
“The Other Side of Midnight”は115ページ。
 
1992年5月12日火曜日。晴れ。
 朝は妻の運転で行く。「フーシェ革命暦」。革命の火はまじかである。
 2限は5年教育実習。金属の単位格子。昼休みは「シェイクスピア研究」「日本文学24講」「ナイルの王とエジプト美術」を読む。5、6限は六年、水素イオン濃度と中和。放課後は「謡曲集」「岩波講座日本史」「国文学・三島特集号」“The Other Side of Midnight”などを読む。帰ってからも“The Other Side of Midnight”を読み、現在142ページ。少し退屈。
 夜、ビデオで「オセロ」少し。 
 
1992年5月13日水曜日。雨のち晴れ。
 車で行く。「フーシェ革命暦」。つい暴動起こる。
 23限が六年pHの演習問題。中和と塩。四限から昼食、体育祭の予行演習。午後、山本健吉編著「日本文学24講」(学陽書房)を終える。よく見ると、一年かけて読んだことになる。月日のたつのは早いものだ。「新文芸読本」で村松剛の「三島由紀夫の初恋」を読む。
 その他、「化学漫談」や朝永「量子力学2」「素粒子」など読む。
 帰って“The Other Side of Midnight”を少し。現在168ページ。
 しばらく小説を書いていない。こんなことではいけない。
 
1992年5月14日木曜日。晴れ。
 車で行く。朝から補習。一限は五年生教生。分子結晶と分子間力。パラクロロベンゼンの昇華の実験。3限は学年会。他は読書。「化学漫談」や朝永「量子力学2」「素粒子」。“The Other Side of Midnight”。
 午後、6年演習編のプリント作り。
 夕食はカレーの唐揚げと野菜の天婦羅。
 夜、風呂に入っていたら学校から電話で呼び出しがあり行く。学校から帰ってすぐに寝た。
 
1992年5月15日金曜日。雨。
 朝から雨。車で行く。8時から「フーシェ革命暦」。本日助成会総会、ならびに授業参観。僕は授業なし。今日は化学の本を中心に読む。「化学漫談」。朝永「量子力学2」「素粒子」。ポーリング「量子力学」など。
 学年保護者会。午後、演習編プリント作り。応援団の件で4時前より会議と指導。六時50分頃帰る。夜はHAMLETなど読む。
 夕食はハンバーグと味噌汁。
  地球儀。社会科教室の掛け地図の裏に静かに横たわる、教師用地球儀。その丸い回転体をみて、ふるい学校の出来事を思い出した。
 新設なる学校の真新しい教室で、新しい地球儀をくるくると回す一期生。
 螺子の弛んでいた地球儀は床に落ち、パチンと割れたという。
 六万円という大金で、生徒がぢれだけ弁償したか忘れた。
 ああ、あの頃は全てが新しく、日々青春のような多忙な日々であった。
 我が輝ける生涯の一瞬。
 
1992年5月16日土曜日。晴れ。
 車で行く。「フーシェ革命暦」をまず読む。
 三限より体育祭準備。
 
1992年5月17日日曜日。晴れ。夜にわか雨。
 本日体育祭。朝バスで行く。9時前まで、「フーシェ革命暦」。途中“The Other Side of Midnight”などを読む。6時過ぎから応援団の反省会。
 8時30分のバスで帰る。
 帰ってからも“The Other Side of Midnight”を少し読む。やっと201頁で ある。
 夕食は鶏の唐揚げ。ビールを飲みながらおかずだけ食べる。
 
1992年5月18日月曜日。晴れ。朝小雨。
 朝、車で因島に行き、夜8時頃帰る。
 英語の参考書を探したがみつからない。
 H君が入院しているということで、医師会病院へ見舞いに行った。
 帰ってからも“The Other Side of Midnight”を読む。225頁である。Israel Katzをパリから脱出させるのに成功した。このように逃走追跡ものは読み応えがある。
 
1992年5月19日火曜日。晴れ。
 朝、バスで行く。バスの中は“The Other Side of Midnight”を読む。学校に 着いて「フーシェ革命暦」を少し。今日から小田切秀雄「文学概論」(勁草書房)に入る。1限は広告のアクリル板をもらってきて印刷を剥がす。2限は教生の授業。化学反応の量的関係。炭酸水素ナトリウムの熱分解。3、4限は棚を作る。昼休みは「シェイクスピア研究」、”Antoni and Creopatora"。5、6限は6年。酸塩基の水溶液とpH。放課後は再び、棚作り。「ナイルの王とエジプト美術」などを読む。6時40分のバスで帰る。
 夜、”Salome”少し。
 夕食は冷やしうどんと焼き魚。
 
1992年5月20日水曜日。晴れ。
 車で学校へ行く。カセットレコーダーと本を降ろす。まず「フーシェ革命暦」から。だんだんと緊張は高まりついにプロンまで倒れてしまう。しかし、まだ革命の火の手はあがらない。
 1限はワゴンをアクリル板で広げる。23は6年。塩の分類と性質。23度、66%。暑くはない。
 4限三年。直流と交流。食事後、56限はワゴンの改良を完了させる。
 放課後机のまわりの整理。4時過ぎから学年会議。6時まで。6時より5年プリント打ち出しと印刷。50分頃学校を出、家に着いたら7時。すぐに食事をして、その後、息子と散歩。
 夕食は魚と味噌汁。
 息子と入浴後、秀蔵が二階で寝るというので付き合う。その後“The Other Side of Midnight”を少し読む。いよいよ大富豪コンスタインチン・デミリスの登 場である。その他、漱石など読む。
 文芸読本で「三島由紀夫」。他に「女方」を少し。
 
1992年5月21日木曜日。晴れ。
 朝車で行く。8時より補習。11人。全校集会。1限は五年。結晶格子の計算問題。2限は読書。岩波新書素粒子の世界」。「素粒子」。ポーリング「一般化学」
 3限は学年会。4限はLHR。昼休みはガラス細工。放課後実験室の戸棚の中の整理。それから「シェイクスピア研究」(慶応通信)を終える。「文学概論」「ナイルの王とエジプト美術」を少し。
 6時に帰る。夕食後、庭の木の剪定をする。
 夜、小説を書く。3~4枚か。三島「女方」。他。
 
1992年5月22日金曜日。晴れ。夕方雷雨。
 朝、バスで行く。バスの中で“The Other Side of Midnight”。学校では「フ ーシェ革命暦」。それにSHRの前も“The Other Side of Midnight”。昼休み も。SHRは指定校推薦についての二回目の注意。1限は5年金属格子の計算と分子間力について。2限は理科会。教育課程が中心。3限は6年塩について問題。4限は3年。交流。まとめの問題。昼休み、5限は読書。ガラス細工。6限は6年。塩のまとめ。放課後はガラス細工。
 5時半にY先生の車で学校を出る。
 夕食は野菜炒め。
 夜、三島「百万円煎餅」、漱石「カイ露行」などを読む。
 
1992年5月23日土曜日。朝は晴れていたがすぐに雨。
 朝は車で行く。「フーシェ革命暦」9章を終わったところ。だんだんと革命に近付いてくると興奮してくる。“The Other Side of Midnight”を少し。SHR は中間試験を受験勉強だと思ってやるように、ということと指定校入試について。担任団で8:45には教室におり、厳重に遅刻をとろうということになった。引き締まっていい。9時から6年の演習編の解答作り。1章の熱化学は今年初めてのところで解答に手間取った。印刷の後、生徒面談を終えると、2時過ぎになっていた。食事の後、ガラス細工と実験室の整理などをして、その後1時間ほど読書。斉藤清衛「国文学」、「ナイルの王とエジプト美術」「文芸読本シェイクスピア」、小田切「文学概論」などを読み、五時過ぎに帰る。すぐに夕食。夕食は魚の油炒め。味噌汁、雑魚天。
 夕食後入浴。今日の新聞にリクルートダイエー傘下に入ると報道されている。実質、リクルートが吸収合併されたのと同じことであり、リクルートの歴史はここで終わる。
 Hamletと“The Other Side of Midnight”を少し読む。“The Other Side of Midnight”は今279頁。 
 夜中。三島「小説とは何か」少し読む。
 
1992年5月24日日曜日。晴れときどき小雨になったり曇ったり。
 朝は芥川「春の心臓」「青年と死と」。漱石「趣味の遺伝」。
 6年の中間テスト作り。午後、春日池公園に三人を連れていく。木の下で“The Other Side of Midnight”を読む。帰って昼寝。夕食は手巻寿司。
 夜少し読んで第一部がおわる。292頁。「井上靖全詩集」(新潮文庫)を終え る。
 10時より衛星第二で映画「禁じられた遊び」を見る。感動的な名作。主役の少女が好演。
 
1992年5月25日月曜日。晴れ。
 朝、車で行く。8時より「フーシェ革命暦」。8時20分より、レントゲン。13限は6年演習。2限は5年分子結晶。パラジクロロベンゼンの昇華。
 4限は昼食。読書。斉藤清衛「国文学概論」(受験講座刊行会)を終える。
斉藤清衛という人は三島の師であった清水文雄先生らの師ということで期待していたが、たいしたものではなかった。ただ、詩歌の分析はおもしろかった。
 午後は試験の袋詰め。5時過ぎから6時過ぎまで学年会。例によって井戸端会議になる。7時過ぎに家に帰る。夕食はラーメンと鶏・ジャガ芋の天婦羅。
『本』6月号で林健太郎の対談、木下順二のエッセーを読む。
漱石「趣味の遺伝」。少し。
 風巻景次郎・児山信一「明治文学詩歌評釈」少し。
 
1992年5月26日火曜日。晴れ。しかしやや寒い。
 朝、バスで行く。「フーシェ革命暦」少し。1限は“The Other Side of Midnight”を一時間読む。2限からプリントの整理、それに準備室 の棚の工作。そて6年のテストの採点……。「平家物語」「文学概論」「国文学解釈と鑑賞-三島由紀夫」などを読む。6時40分のバスで帰る。H先生より写真と手紙来る。夕食は焼きサヨリ。味噌汁。コロッケ。
 SF小説少し書く。
 
1992年5月27日水曜日。晴れ。やや寒い。
 朝、寒かった。車で行く。「フーシェ革命暦」。試験監督なく、フロッピー整理と、棚の完成。
 昼前に出て、野崎邸を見学して帰る。
 夕食はハンバーグ。夕方雷少し。
 夜、頭痛。寝ようとするも眠れず、12時頃おきて小説を少し書く。
 
1992年5月28日木曜日。晴れ。
 車で行く。「フーシェ革命暦」。1、2時間目は監督。3年のテストの採点。それに“The Other Side of Midnight”を少し読む。今、325頁。少しペース が落ちたようだ。3限はアクリル工作で、実験室の整備。昼食後より、5年の採点に入る。13時より、教官会議。その後13時45分より研究部研修会。教育実習についての話など大半は印刷物の連絡で済むようなもの。時間の無駄なり。15時より、5年生。学年と教科の連絡会。その後、採点の残りをして帰る。後、点の合計のみ。
 夜、小説少し、進展する。
 
1992年5月29日金曜日。晴れ。のち雨。
 バスで行く。バスの中は“The Other Side of Midnight”を読む。帰りも。
まず、「フーシェ革命暦」。パリ市長は武器を調達するメドがなく、逃げの一手。1限はテストの点の集計が30分。20分は“The Other Side of Midnight”を読む。4限は3年の授業。テスト返却。まとめ。「電力」のビデ オを見せる。あまりよくない。
 他は、5年6年のプリント作り。4時から理科会。5時半のバスで帰る。
 漱石の「趣味の遺伝」というのを毎日少しずつ飽きない程度に読んできて本日終わった。おもしろいが、こういう韜晦趣味というのは、ユーモアの裏返しか。英詩、漢詩少し読む。おもしろい。“The Other Side of Midnight”は今、342頁。3週間になるのにまだ終わらぬ。
 
1992年5月30日土曜日。晴れ。少し雨。
 朝8時頃起きて一人で因島へ帰る。自動車のマフラーが痛んでおりエンジン音が大きいのであまりスピードはださない。
 本の移動と整理。筑摩の文学全集で、岡本綺堂の「修善寺物語」を読む。希代の名作である。他に、谷崎のもの。鴎外の「渋江抽斎」を読み始める。
 8時半に帰る。
 
1992年5月31日日曜日。晴れ。
 朝から“The Other Side of Midnight”を読む。なかなか済まない。昼前に山 を散歩。鶯の声が一際かしましい。蜻蛉がいる。きりぎりすがいる。毛虫がいる。茅が伸びて息子の手が触るのではないかと心配しながら一回りした。その後庭の剪定。午後、「渋江抽斎」を少し読む。「坊っちゃん」も少し。その後、“The Other Side of Midnight”を読みながら、昼寝。今、356頁。
 夜、三島の「憂国」を読む。完成度の高い古典的な作品となっている。
 小説を少し。新しく書きはじめる。
 “Her"を少し読む。35頁。
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