夕凪亭別館

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1999年11月

Lost Days

1999年11月1日。 月曜日。

 遠足に付き添って倉敷チボリ公園へ。

 

1999年11月2日。 火曜日。

  放課後、ビデオの調整。

 

1999年11月3日。 水曜日。晴れ。

「郷愁」少し読む。

 

1999年11月4日。 木曜日。晴れ。

ローマ人の物語』(第1巻)読み始める。

 

1999年11月5日。 金曜日。晴れ。

 今日は。開学記念日で休み。朝2時間ほど読書と、イタリア語、中国語。それからファンヒーターを買いに行く。実に多忙だ。 

 

1999年11月6日。 土曜日。晴れ。

 野外学習で、弥高山へ行く。西麓の高山市のところで露頭観察。ここは、笠岡井原と油木東城の中間点として栄えたところである。

 それにしても、弥高山は美しい。まんまるに突き出た形がいい。山頂が平らになっているのは、人が手を入れたためか。

 書斎を作って「瀧山窟」と名づけよう。六畳ほどでいい。階段のまわりもすべて本棚だ。窓が一つはほしい。そこで、古今東西の文人と対話する。僕が書く必要はない。いたずらに駄文を残すのが人生ではないということを肝に銘ずべき。

 塩野七生の『ローマ人の物語』がおもしろい。人間の生き方の規範を、ユダヤ人は宗教に求め、ギリシア人は哲学に求め、ローマ人は法律に求めた、という。ならば、中国のあの儒教とかいうものは、何だ。宗教ではないし、哲学でもない。人生訓とでもいうべきか。

 

1999年11月7日。 日曜日。晴れ。

 よいお天気。昨夜は遅くまで『菅茶山』を読む。山陽カクタスに寄りガソリンを入れて帰る。39ι入る。399㎞走っている。

 引っ越しにそなえて出来るだけ本の移動を減らす為に少しずつ学校へもっていっておくことにした。引っ越しが終わってからもって帰ればその分引っ越しのときが楽だと思う。

 ドイツ語を少しやり、エイズの本を読む。それに、和漢朗詠集の解説と。栗を食べてから昼寝。6時過ぎに子どもが岡山(国連英検を受けにいった)から戻ったので大門駅へ向かいに行く。外は煙っている。風が無いのだ。散歩。暖かい。空は曇っている。息子がテレビのアンテナを早くなおしてくれと言う。

『白鯨』は、毎日1章ずつ。『郷愁』は少しずつ読んでいる。どうせすべての本を読むわけにはいかないのだから、何を読んでも同じだろう。

 今日から亜希子、フランス語を始める。

 

1999年11月8日。 月曜日。晴れ。

 5時からK先生を囲んでの会へ。5時半に帰り、居酒屋・写楽へ。コーヒーを飲んで帰る。

 イタリア語、英語を少し。『白鯨』『郷愁』を少し。

 『善悪の彼岸』と『厳密な学としての現象学』を読んでいて、ニーチェフッサールは意外と近いところにいるような気持ちになった。

 思えば、文は人なりで、書くことのみが人生だと思っていたことがあった。しかし、古今の先賢に伍して何で自分のようなものが、妄言を残すことがあろうか、と考えるようになると、随分と視野が開けたように思う。書かないことこそが美徳なのだ。読んで対話すればいいのだ。そして、その残余、残滓として、最も卑小で、卑賤な行為が書くことである。書こうと思うな。読め、読め、そして考えよ。

 

1999年11月9日。 火曜日。晴れ。

 午後、少し読書と、倉庫の他校紀要の整理。生協から、理化学辞典のCD-ROM版届く。放課後、化学教室で作業。帰ると、

 岡山のdigest グループからCD-ROM版郵送される。夜、散歩。因島へ電話。年賀葉書は100枚印刷。

 

1999年11月10日。水曜日。晴れ。

 11時に薬を飲んで寝る。

 

1999年11月11日。木曜日。晴れ。

 昼食後、大学へ行き、修論の交換をしてくる。小山慶太『肖像画家の中の科学者』文春新書、終わる。

 5時前に戻る。6時過ぎに家に帰り、夕食後散歩。『白鯨』『郷愁』を少し。

 

1999年11月12日。金曜日。朝雨夕方から晴れ。

 放課後、50周年の受付業務、袋詰め。夕食後散歩。

 夜、因島の年賀状印刷。

 

1999年11月13日。土曜日。晴れ。

 秋晴れのいいお天気。午後、奈良津のなんでも屋へ行く。

 

1999年11月14日。日曜日。晴れ。

 因島へ行く。散髪。蜜柑摘み。柿を摘む。帰りに、裕のところへ寄る。帰ってから粗大ゴミを出す。これから実力テストを作ってから寝る。

 なかなか寝られない。

 

1999年11月15日。月曜日。雨。

 50周年記念式の全員による実行委員会。5時過ぎにかえる。

   散歩。

 

1999年11月16日。火曜日。晴れ。

 4時から受付準備。今日は薬を飲んで寝る。

 

1999年11月17日。水曜日。晴れ。

 50周年記念式典。朝10自前に車でリーデンローズに送ってもらう。受付準備。昼食。トマトという軽食喫茶でカレーとコーヒー。受付の誘導。式典では写真をとる。引き続き、広島交響楽団の演奏会。原田学長の独唱。そこまでで、外に出て、3時50分にバスでグランドホテルへ。そちらで受付の補助。宴会。写真を撮る。何もせず寝る。薬を飲む。

 

1999年11月18日。木曜日。晴れ。

 紀要の執筆要項を作り、放課後、教科主任会議。夜、少し採点。

 ラジオで大学生の学力低下を文部省が授業方法なども含めて検討するように審議会に諮問したと報じていた。大学生の学力の低下は、基礎学力の不足、知的好奇心の欠如、一般常識の欠如の混ざったもので、救いようのないほど低下しているのではないか、と僕は感じる。

 

1999年11月19日。金曜日。晴れ。

 夜、ハイデガー著、桑木努訳『存在と時間』上、岩波文庫、終える。

 

1999年11月20日。土曜日。晴れ。

 明け方は寒かったが、すぐに暖かくなる。マラソン大会。夕方から雨が降る。

 広大化学会同窓会名簿届く。

 

1999年11月21日。日曜日。晴れ。

 6時頃起きて、読書。富士川英郎、『菅茶山』(筑摩書房1981)終わる。10時過ぎに電動噴霧器を求めてアトラス、ディックへ行き、2万円したが、買って来る。午後、草取り。 

 

1999年11月22日。月曜日。晴れ。

 今日は全校集会。

 

1999年11月23日。火曜日。曇りのち雨。

 朝6時頃目が覚める。午前中寝てしまう。午後二階のタンスを階段を通るかどうか試してみる。通ったので、2つとも階下におろす。これで、ピアノ以外は業者を頼まなくても引っ越しできるめどがついた。夜は、『白鯨』と『郷愁』。

 

1999年11月24日。水曜日。晴れ。

 朝雲っているが、天気予報通り9時頃から晴れる。

 

1999年11月25日。木曜日。晴れ。

 本日、三島由紀夫命日。当時と人の心は随分と変わった。小説家が自殺しても世間の大部分の者は何とも思わないような時代になった。夕食後散歩。『白鯨』『郷愁』。

 

1999年11月26日。金曜日。晴れ。

 朝6時前に目が覚めるので2階に上がる。16℃。やはり、いつになく暖かい冬だ。7時過ぎにまた寝る。

 5時過ぎに帰る。夕食の焼き肉に合わせてビールを飲むと歩くのが億劫になったので、結局歩かなかった。

 

1999年11月27日。土曜日。晴れ。

 今日は第四土曜日で休み。朝少し庭の草木を刈る。その後、風呂の壁の塗り替え。噴霧器の調子が悪く、結局刷毛で塗る。それが終わって高屋へ。南西の客間の隣に書庫を建てるのは日当たりと、風通しの関係でよくないのではないか。反対側に、一階を車庫程度に空けておき2階を書庫にしたらという話。その後、福屋へ行って、カーペットとクレオソールとけんとくを買う。帰ってから、風呂のマスキングをはずす。夕食後散歩。

 書庫について。高さ、2メートルの3階建てはどうだろうか。どうせ家の東側は、荷物置き場にしても屋根をつける必要があるのだから、その分早く書庫を建てたほうが得だ。車庫というほどのことではないが、車でもおけれるように余裕を持ってつくる。高さは2メートルもあればいい、2階3階も。鉄骨H字鋼で床は、垂木、12ミリのコンパネ、その上に、寄せ木合板。下からコンパネの隙間にグラスウールをつめて下からベニヤで覆う。横は、壁用タイル等、屋根はあまり重くない。母屋の階段を上がったところから連絡通路をつける。2階3階の間は中央に螺旋階段。外から2階へは、階段。ドア。窓は東西側各02個、南、北各1個。

 

1999年11月28日。日曜日。晴れ。

 今日は午前中クーラーをはずしたり、風呂のドアを戻したりした後、午後、笠岡のホリデーに行って、フローリングの実演をみたりする。帰って家の回りの草取り。夜、4人で歩く。

 

1999年11月29日。月曜日。晴れ。

 5時半に帰り、内科医院へ。咳が出るので、レントゲンを撮ってもらい薬をもらう。薬は飲んだあとはよく効く。夜、歩く。

 

1999年11月30日。火曜日。晴れ。

 特になし。

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